ト、三枚は又ポチに遣る。
 夫から庭で一しきりポチと遊ぶと、母が屹度《きっと》お温習《さらい》をお為《し》という。このお温習《さらい》程私の嫌いな事はなかったが、之をしないと、直《じき》ポチを棄《すて》ると言われるのが辛いので、渋々内へ入って、形《かた》の如く本を取出し、少し許《ばかり》おんにょごおんにょごと行《や》る。それでお終《しまい》だ。余《あんま》り早いねと母がいういのを、空耳《そらみみ》潰《つぶ》して、衝《つ》と外へ出て、ポチ来い、ポチ来いと呼びながら、近くの原へ一緒に遊びに行く。
 これが私の日課で、ポチでなければ夜《よ》も日も明けなかった。

          十六

 ポチは日増しにメキメキと大きくなる。大きくはなるけれど、まだ一向に孩児《ねんねえ》で、垣の根方《ねがた》に大きな穴を掘って見たり、下駄を片足|門外《もんそと》へ啣《くわ》え出したり、其様《そんな》悪戯《いたずら》ばかりして喜んでいる。
 それに非常に人懐こくて、門前を通掛りの、私のような犬好が、気紛れにチョッチョッと呼んでも、直《すぐ》ともう尾を掉《ふ》って飛んで行く。況《ま》して家《うち》へ来た人だと
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