sた》まらなくなって私が横抱に引《ひ》ン抱《だ》く。ポチは抱かれながら、身を藻掻《もが》いて大暴れに暴れ、私の手を舐《な》め、胸を舐《な》め、顋《あご》を舐《な》め、頬《ほお》を舐《な》め、舐めても舐めても舐め足らないで、悪くすると、口まで舐《な》める。父が面《かお》を顰《しか》めて汚い汚いと曰う。成程、考えて見れば、汚いようではあるけれども……しかし、私は嬉しい、止《や》められない。如何《どう》して是が止《や》められるもんか! 私が何も好《い》い物を持っているじゃなし、ポチも其は承知で為《す》る事だ。利害の念を離れて居るのだ、唯懐かしいという刹那の心になって居るのだ。毎朝これでは着物が堪《たま》らないと、母は其を零《こぼ》すけれど、着物なんぞの汚《けが》れを厭《いと》って、ポチの此志を無にする事が出来た話だか、話でないか、其処を一つ考えて貰いたい。
 理窟は扨《さて》置いて、この面舐《かおな》めの一儀が済むと、ポチも漸《やッ》と是で気が済んだという形で、また庭先をうろうろし出して、椽の下なぞを覗いて見る。と、其処に草鞋虫《わらじむし》の一杯|依附《たか》った古草履の片足《かたし》か何
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