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と、折柄《おりから》絶入るように啼入る狗《いぬ》の声に、私は我知らず勃然《むッくり》起上ったが、何だか一人では可怕《おッかな》いような気がして、
「よう、阿母《おッか》さん、行って見ようよう!」
「本当《ほんと》に仕様がない児《こ》だねえ。」
と、口小言を言い言い、母も渋々起きて、雪洞《ぼんぼり》を点《つ》けて起上《たちあが》ったから、私も其後《そのあと》に随《つ》いて、玄関――と云ってもツイ次の間だが、玄関へ出た。
母が履脱《くつぬぎ》へ降りて格子戸の掛金《かきがね》を外し、ガラリと雨戸を繰ると、颯《さっ》と夜風が吹込んで、雪洞《ぼんぼり》の火がチラチラと靡《なび》く。其時小さな鞠《まり》のような物が衝《つ》と軒下を飛退《とびの》いたようだったが、軈《やが》て雪洞《ぼんぼり》の火先《ひさき》が立直って、一道の光がサッと戸外《おもて》の暗黒《やみ》を破り、雨水の処々に溜った地面《じづら》を一筋細長く照出した所を見ると、ツイ其処に生後まだ一ヵ月も経《た》たぬ、むくむくと肥《ふと》った、赤ちゃけた狗児《いぬころ》が、小指程の尻尾《しっぽ》を千切れそうに掉立《ふりた》って、此方《こ
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