オば》らく藻掻《もが》いて居る中《うち》に、ふと足掻《あが》きが自由になる。と、領元《えりもと》を撮《つま》まれて、高い高い処からドサリと落された。うろうろとして其処らを視廻すけれど、何だか変な淋しい真暗な処で、誰も居ない。茫然としていると、雨に打れて見る間に濡しょぼたれ、怕《おそ》ろしく寒くなる。身慄《みぶる》い一つして、クンクンと親を呼んで見るが、何処からも出て来ない。途方に暮れて、ヨチヨチと這出し、雨の夜中を唯一人、温《あたた》かな親の乳房を慕って悲し気に啼廻《なきまわ》る声が、先刻《さっき》一度門前へ来て、又何処へか彷徨《さまよ》って行ったようだったが、其が何時《いつ》か又戻って来て、何処を如何《どう》潜り込んだのか、今は啼声が正《まさ》しく玄関先に聞える。
十二
「阿母《おっか》さん阿母さん、門の中へ入って来たようだよ。」
と、私が何だか居堪《いたたま》らないような気になって又母に言掛けると、母は気の無さそうな声で、
「そうだね。」
「出て見ようか?」
「出て見ないでも好《い》いよ。寒いじゃないかね。」
「だってえ……あら、彼様《あんな》に啼てる……
前へ
次へ
全207ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング