、から、私は理《り》を聞かせる為に敢て耻を言うが、ポチは全く私の第二の命であった。其癖初めを言えば、欲しくて貰った犬ではない、止むことを得ず……いや、矢張《やっぱり》あれが天から授かったと云うのかも知れぬ。
忘れもせぬ、祖母の亡《なく》なった翌々年《よくよくとし》の、春雨のしとしとと降る薄ら寒い或夜の事であった。宵惑《よいまどい》の私は例の通り宵の口から寝て了って、いつ両親《りょうしん》は寝《しん》に就いた事やら、一向知らなかったが、ふと目を覚すと、有明《ありあけ》が枕元を朦朧《ぼんやり》と照して、四辺《あたり》は微暗《ほのぐら》く寂然《しん》としている中で、耳元近くに妙な音がする。ゴウというかとすれば、スウと、或は高く或は低く、単調ながら拍子を取って、宛然《さながら》大鋸《おおのこぎり》で大丸太を挽割《ひきわ》るような音だ。何だろうと思って耳を澄していると、時々其音が自分と自分の単調に※[#「厭/食」、第4水準2−92−73]《あ》いたように、忽ちガアと慣れた調子を破り、凄じい、障子の紙の共鳴りのする程の音を立てて、勢込んで何処へか行きそうにして、忽ち物に行当ったように、礑《はた》
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