ホかりだ。こんな人のこんな風袋《ふうたい》ばかり大きくても、割れば中から鉛の天神様が出て来るガラガラのような、見掛倒しの、内容に乏しい、信切な忠告なんぞは、私は些《ちッ》とも聞き度《たく》ない。私の願は親の口から今一度、薄着して風邪をお引きでない、お腹が減《す》いたら御飯にしようかと、詰らん、降《くだ》らん、意味の無い事を聞きたいのだが……
その親達は最う此世に居ない。若し未だ生きていたら、私は……孝行をしたい時には親はなしと、又しても俗物は旨い事を言う。ああ、嬉しいにつけ、悲しいにつけ、憶出すのは親の事……それにポチの事だ。
十
ポチは言う迄もなく犬だ。
来年は四十だという、もう鬢《びん》に大分|白髪《しらが》も見える、汚ない髭の親仁《おやじ》の私が、親に継いでは犬の事を憶い出すなんぞと、余《あんま》り馬鹿気ていてお話にならぬ――と、被仰《おっしゃ》るお方が有るかも知れんが、私に取っては、ポチは犬だが……犬以上だ。犬以上で、一寸《ちょっと》まあ、弟……でもない、弟以上だ。何と言ったものか? ……そうだ、命だ、第二の命だ。恥を言わねば理《り》が聞こえぬとい
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