sきた》って面《まのあた》りに之に対すれば、何となく生きた人と面《かお》を合せたような感がある。懐かしい人達が未だ達者でいた頃の事が、夫《それ》から夫《それ》と止度《とめど》なく想出されて、祖母が縁先に円くなって日向ぼッこをしている格構《かっこう》、父が眼も鼻も一つにして大《おおき》な嚔《くしゃみ》を為《し》ようとする面相《かおつき》、母が襷掛《たすきがけ》で張物をしている姿などが、顕然《まざまざ》と目の前に浮ぶ。
 颯《さッ》と風が吹いて通る。木《こ》の葉がざわざわと騒ぐ。木《こ》の葉の騒ぐのとは思いながら、澄んだ耳には、聴き覚えのある皺嗄《しゃが》れた声や、快活な高声《たかごえ》や、低い繊弱《かぼそ》い声が紛々《ごちゃごちゃ》と絡み合って、何やら切《しき》りに慌《あわただ》しく話しているように思われる。一しきりして礑《はた》と其が止むと、跡は寂然《しん》となる。
 と、私の心も寂然《しん》となる。その寂然《しん》となった心の底から、ふと恋しいが勃々《むらむら》と湧いて出て、私は我知らず泪含《なみだぐ》んだ。ああ、成ろう事なら、此儘此墓の下へ入って、もう浮世へは戻り度《たく》ないと思
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