ニ風に揺《ゆら》いでいる。流石《さすが》に微《かすか》に覚えが有るから、確か彼《あ》の辺《へん》だなと見当を附けて置いて、さて昨夜《ゆうべ》の雨でぬかる墓場道を、蹴揚《けあげ》の泥を厭《いと》い厭い、度々《たびたび》下駄を取られそうになりながら、それでも迷わずに先祖代々の墓の前へ出た。
祠堂金《しどうきん》も納めてある筈、僅ばかりでも折々の附け届も怠らなかった積《つもり》だのに、是はまた如何な事! 何時《いつ》掃除した事やら、台石は一杯に青苔《あおごけ》が蒸して石塔も白い痂《かさぶた》のような物に蔽《おお》われ、天辺《てッぺん》に二処三処《ふたとこみとこ》ベットリと白い鳥の糞《ふん》が附ている。勿論|木葉《このは》は堆《うずたか》く積って、雑草も生えていたが、花立の竹筒は何処へ行った事やら、影さえ見えなかった。
私は掃除する方角もなく、之に対して暫く悵然《ちょうぜん》としていた。
祖母の死後|数年《すねん》、父母《ちちはは》も其跡を追うて此墓の下《した》に埋《うず》まってから既に幾星霜を経ている。墓石《ぼせき》は戒名も読め難《かね》る程苔蒸して、黙然として何も語らぬけれど、今|来
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