フは其晩八時頃であった。
 停車場《ステーション》で車を※[#「にんべん+就」、第3水準1−14−40]《やと》って家《うち》へ急ぐ途中も、何だか気が燥《いら》って、何事も落着いて考えられなかったが、片々《きれぎれ》の思想が頭の中で狂い廻《まわ》る中でも、唯息のある中《うち》に一目父に逢いたい逢いたいと其ばかりを祈っていた。時々ふッと既《も》う駄目だろうと思うと、錐《きり》でも刺されたように、急に胸がキリキリと痛む。何とも言えず苦しい。馴染《なじみ》の町々を通っても、何処を如何《どう》車が走るのか分らない。唯車上で身を揉んで、無暗《むやみ》に車夫を急立《せきた》てた。車夫が何だか腹を立てて言ったが、何を言っているのか、分らない。唯|無暗《むやみ》に急立《せきた》てるばかりだ。
 漸くの想《おもい》で家《うち》へ着くと、狼狽《あわ》てて車を飛降りて、車賃も払ったか、払わなかったか、卒然《いきなり》門内へ駆込んで格子戸を引明けると、パッと灯火《あかり》が射して、其光の中《うち》に人影がチラチラと見え、家内《うち》は何だか取込んでいて話声が譟然《がやがや》と聞える中で、誰だか作さん――私の名
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