ニ駈けて来て、卒然《いきなり》障子をガラッと開けて、
「あの八番さんで、御用が済んだら、お糸さんに入らッしゃいッて。」
「何だい?」
小女《ちび》が生意気になけ無しの鼻を指して、
「これ……」
「そう。」
お糸さんは挨拶も※[#「勹/夕」、第3水準1−14−76]々《そこそこ》に私の部屋を出て行ったが、ツイ其処らで立止った様子で、
「今お帰り? 大変|御緩《ごゆっく》りでしたね。」
帰って来たのは隣の俗物らしく、其声で何だか言うと、又お糸さんの声で、
「あら、本当《ほんと》? 本当《ほんと》に買って来て下すったの? まあ、嬉しいこと! だから、貴方《あなた》は実《じつ》が有るッていうンだよ……」
してみると、お糸さんに対《むか》って敬意を表するのは私ばかりでないと見える。
五十六
私がお糸さんに接近する目的は人生研究の為で、表面上性慾問題とは関係はなかった。が、お糸さんも活物《いきもの》、私も死んだ思想に捉われていたけれど、矢張《やっぱり》活物《いきもの》だ。活物《いきもの》同志が活きた世界で顔を合せれば、直ぐ其処に人生の諸要素が相轢《あいれき》してハ
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