蛯、と言っては私の部屋へ来る。私は内々《ないない》其を心待にしていて、来ると急いで部屋を出て椽側を彷徨《うろつ》く。彷徨《うろつ》きながら、見ぬ振をして横目でチョイチョイ見ていると、お糸さんが赤い襷《たすき》に白地の手拭を姉様冠《あねさまかぶ》りという甲斐々々しい出立《いでたち》で、私の机や本箱へパタパタと払塵《はたき》を掛けている。其を此方《こッち》から見て居ると、お糸さんが何だか斯う私の何かのような気がして、嬉しくなって、斯うした処も悪くないなと思う。
 ところが、お糸さんが三味線《さみせん》を弾《ひ》いた翌朝《あくるあさ》の事であった。万事が常よりも不手廻《ふてまわ》りで、掃除にもいつも来るお糸さんが来ないで、小女《ちび》が代りに来たから、私は不平に思って、如何《どう》したのだと詰《なじ》るようにいうと、今日はお竹どんが病気で寝ているので、受持なんぞの事を言っていられないのだと云う。其なら仕方が無いようなものだけれど、小女《ちび》のは掃除するのじゃなくて、埃《ほこり》をほだてて行くのだから、私が叱り付けてやったら、小女《ちび》は何だか沸々《ぶつぶつ》言って出て行った。
 暫くして
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