「や、人間以上で神に近い人である。
斯う思うと、時としては斯うして人間を離れて芸術の神境に出入《しゅつにゅう》し得るお糸さんは尋常《ただ》の人間でないように思われる。お糸さんの人と為りは知らないが、歌に於て三味線に於てお糸さんは確に一個の芸術家である、事に寄ると、芸術家と自覚せぬ芸術家である。要するに、俗物でない。
私も不肖ながら芸術家の端《はし》くれと信ずる。お糸さんの人となりは知らないでも、芸術家の心は唯芸術家のみ能《よ》く之を知る。此下宿に客多しと雖も、能《よ》くお糸さんを知る者は私の外にあるまい。私の心を解し得る者も、お糸さんの外には無い筈である……と思うと、まだ碌に物を言た事もないお糸さんだけれど、何だかお糸さんが生れぬ前《さき》からの友のように思われて、私は……ああ、私は……
五十四
私の下宿ではいつも朝飯《あさめし》が済んで下宿人が皆出払った跡で、緩《ゆッ》くり掃除や雑巾掛《ぞうきんがけ》をする事になっていた。お糸さんは奉公人でないから雑巾掛《ぞうきんがけ》には関係しなかったが、掃除だけは手伝っていたので、いつも其時分になると、お掃除致しまし
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