ノ人の肉声に乗って、無形の儘で人心に来《きた》り逼《せま》るのだとか言って、分明な事を不分明にして其処に深い意味を認めていたから、今お糸さんの歌うのを聴いても、何だか其様《そん》なように思われて、人生の粋《すい》な味や意気な味がお糸さんの声に乗って、私の耳から心に染込《しみこ》んで、生命の髄に触れて、全存在を撼《ゆる》がされるような気がする。
 お糸さんの顔は椽側からは見えないけれど屹度《きっと》少しボッと上気して、薄目を開《あ》いて、恍惚として我か人かの境を迷いつつ、歌っているに違いない。所謂《いわゆる》神来《しんらい》の興が中《うち》に動いて、歌に現《うつつ》を脱《ぬ》かしているのは歌う声に魂の入《い》っているので分る。恐らくもう側《そば》でお神さんや下女の聴いてることも忘れているだろう。お糸さんは最う人間のお糸さんでない。人間のお糸さんは何処へか行って了って、体に俗曲の精霊が宿っている、而《そう》してお糸さんの美音を透《とお》して直接に人間と交渉している。お糸さんは今俗曲の巫女《いちこ》である、薩満《シャマン》である。平生のお糸さんは知らず、此瞬間のお糸さんはお糸さん以上である、
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