sさみせん》を弾《ひ》いてた事はない。それに隣にしては近過ぎる。家《うち》には弾《ひ》く者は無い筈だが……と耳を澄していると、軈《やが》て歌い出す声は如何《どう》しても家《うち》だ。例のに違いない。
 私は起上《おきあが》ってブラリと廊下へ出た。

          五十三

 廊下へ出て耳を澄して見たが、三味線《さみせん》は聞えても、矢張《やっぱり》歌が能く聞えない。が、愈《いよいよ》例のに違いないから、私は意を決して裏梯子《うらばしご》を降りて、大廻りをして、窃《こっ》そり台所近くへ来て見ると、誰《たれ》も居ない。皆其隣の家《うち》の者の住居《すまい》にしてある座敷に塊《かた》まっているらしい。好《い》い塩梅《あんばい》だと、私は椽側に佇立《たたず》んで、庭を眺めている風《ふり》で、歌に耳を傾《かたぶ》けていた。
 好《い》い声だ。たッぷりと余裕のある声ではないが、透徹《すきとお》るように清い、何処かに冷たい処のあるような、というと水のようだが、水のように淡くはない、シンミリとした何とも言えぬ旨味《うまみ》のある声だ。力を入れると、凛《りん》と響く。脱《ぬ》くと、スウと細く、果は
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