ーに来たら、今度こそは勇気を振起して物を言って見よう、私のように黙って居ては、何時迄《いつまで》経《た》っても接近は出来ん、なぞと思っていると、隣室で女の笑い声がする。下女の声ではない。今のに違いない。隣の俗物め、もう捉《つか》まえて戯言《じょうだん》でも言ってると見える。

          五十二

 其晩膳を下げに来るかと心待に待っていたら、其には下女が来て、女は顔を見せなかった。翌朝《よくあさ》は女が膳を運んで来たが、卒《いざ》となると何となく気怯《きおく》れがして、今は忙《いそが》しそうだから、昼の手隙《てすき》の時にしよう、という気になる。で、言うべき文句迄|拵《こしら》えて、掻くようにして昼を待っていると、昼が来て、成程手隙《てすき》だから、他《ほか》の者は遊んでいて小女《ちび》が膳を運んで来る。
 三四日|経《た》った。いつも女の助《す》けるのは朝晩の忙がしい時だけで、昼は顔も出さない。考えて見ると、奉公人でないから其筈だが、私は失望した。顔は度々合せるから漸く分ったが、能《よ》く見ると、雀斑《そばかす》が有って、生際《はえぎわ》に少し難が有る。髪も更少《もすこ》し濃
前へ 次へ
全207ページ中169ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング