ったら、斯うはなかったろう。必ず、動物的の愛なんぞは何処かの隅に窃《そっ》と蔵《しま》って置き、例の霊性の愛とかいうものを担《かつ》ぎ出《だし》て来て、薄気味悪い上眼を遣って、天から振垂《ぶらさが》った曖昧《あやふや》な理想の玉を睨《なが》めながら、親の権威を笠に被《き》ぬ面《かお》をして笠に被《き》て、其処ン処は体裁よく私を或型へ推込《おしこ》もうと企らむだろう。私は子供の天性の儘に、そんなふやけた人間が、古本《ふるぼん》なんぞと首引《くびッぴき》して、道楽半分に拵《こしら》えた、其癖|無暗《むやみ》に窮屈な型なんぞへ入る事を拒んで、隙を見て逃出そうとする。どッこいと取捉《とッつら》まえて厭がる者を無理無体に、シャモを鶏籠《とりかご》へ推込むように推込む。私は型の中で出ようと藻掻《もが》く。知らん面《かお》している。泣いて、喚《わめ》いて、引掻いて出ようとする。知らん面《かお》している。欺して出ようとする。其手に乗らない。百計尽きて、仕様がないと観念して、性を矯《た》め、情を矯《た》め、生《いき》ながら木偶《でく》の様な生気のない人間になって了えば、親達は始めて満足して、漸く善良な傾
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