っていたから、木地の吾を磨く足《たし》にならなかった。従って何程《なにほど》古手の思想を積んで見ても、木地の吾は矢張《やっぱり》故《もと》のふやけた、秩序《だらし》のない、陋劣《ろうれつ》な吾であった。
 こうして別天地と木地の吾とは別々であったから、別天地に遊んでいる時と、吾に戻った時とは、勢い矛盾する。言行は始終一致しない。某大家に対しても、未だ会わぬ中《うち》は多少の敬意を有《も》っていたけれど、一たび其人の土気色した顔が見え、襟垢《えりあか》が見え、襁褓《むつき》が見えて想像中の人が現実の人となると、木地の吾が、貧乏だから下らんと、別天地では流行せぬ論法で論断して之を軽蔑して了ったのだ。
 唯当時私はまだ若かったから、陋劣《ろうれつ》な吾にしても、私の吾には尚お多少の活気が有って、多少の活機を捉え得た。文壇の大家になると、古手の思想が凝固《こりかた》まって、其人の吾は之に圧倒せられ、纔《わずか》に残喘《ざんぜん》を保っているようなのが幾らもある。斯ういう人が、現実に触れると、気の毒な程他愛の無い人になる。某大家が即ち其であった。だから、人生を論じ、自然を説いて、微を拆《ひら》
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