eしむ書巻の中《うち》から拾って来た、謂わば古手の思想だ。此|蒼褪《あおざ》めた生気のない古手の思想が、意識の表面で凝《こ》って髣髴《ほうふつ》として別天地を拓いている処を見ると、理想だ、人生観だというような種々の観念が美しい空想の色彩を帯びて其中《そのうち》に浮游していて、腹が減《す》いた、銭が欲しいという現実界に比べれば、※[#「しんにゅう+向」、第3水準1−92−55]《はるか》に美しいように見える。浮気な不真面目な私は直ぐ好《い》い処を看附けたという気になって、此別天地へ入り込んで、其処から現実界を眺めて罵しっていたのだ。我存在の中心を古手の思想に託して、夫《それ》で自《みずか》ら高しとしていたのだ。が、私の別天地は譬《たと》えば塗盆《ぬりぼん》へ吹懸《ふきか》けた息気《いき》のような物だ。現実界に触れて実感を得《え》ると、他愛もなく剥《は》げて了う、剥《は》げて木地《きじ》が露《あら》われる。古手の思想は木地を飾っても、木地を蝕する力に乏しい。木地に食入って吾を磨くのは実感だのに、私は第一現実を軽蔑していたから、その実感を得《え》る場合が少く、偶《たまたま》得た実感も其取扱を
前へ
次へ
全207ページ中147ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング