A而も一家の見識を十分に具えていて、ムッツリした人と思いの外、話が面白い。後進の私達は何《ど》の点に於ても敬服しなければならん筈であるが、それでも私は尚お軽蔑の念を去る事が出来なかった。で、終局《しまい》に只ほんの看《み》て貰えば好《い》いように言って、雑誌へ周旋を頼む事は噫《おくび》にも出さないで、持って行った短篇を置いて、下宿へ帰って来てから、又下らん奴だと思った。

          四十五

 某大家は兎に角大家だ。私は青二才だ。何故私は此人を軽蔑したのか? 襟垢《えりあか》の附いた着物を着ていたとて、庭に襁褓《むつき》が乾《ほ》してあったとて、平生《へいぜい》名利《めいり》の外《ほか》に超然たるを高しとする私の眼中に、貧富の差は無い筈である。が、私は実際先生の貧乏臭いのを看て、軽蔑の念を起したのだ。矛盾だ。矛盾ではあるが、矛盾が私の一生だ。
 医者の不養生という。平生思想を性命として、思想に役せられている人に限って、思想が薄弱で正可《まさか》の時の用に立たない。私の思想が矢張《やっぱ》り其だった。
 けれど、思想々々と大層らしく言うけれど、私の思想が一体何んだ? 大抵は平生
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