ォ、幽を闡《ひら》く頭はあっても、目前で青二才の私が軽蔑しているのが、先生には終《つい》に見えなかったのだ。

          四十六

 二三日して行って見ると、先生も友と同じ様に、好《い》い処も有るが、もう一息だというような事を言う。嘘《うそ》だ。好《い》い処も何も有るのじゃない。不出来だと直言が出来なくて斯う言ったのだ。先生も目が見えん人だが、私も矢張《やっぱり》自分の事だと目が見えんから、其を真《ま》に受けて、書直して持って行くと、先生が気の毒そうに趣向をも少し変えて見ろと云う。言う通りに趣向をも少し変えて持って行くと、もう先生も仕方がない、不承々々に、是で好《い》いと云う。なに、是で好《い》い事は些《ちっと》も無いのだが、先生は気が弱くて、もう然う然うは突戻し兼たのだ。先生に曰わせると、之を後進に対する同情だという。何の同情の事が有るものか! 少しでも同情が有るなら、頭から叱付けて、文学などに断念させるが好《い》いのだ。是が同情なら、同情は「※[#「者/火」、第3水準1−87−52]え切らん」の別名だ。どうせ思想に囚《とら》われて活機の分らぬ人の為《す》る事だから、お飾《
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