った。文学が専門だから、文学書は私より余計読でいたという丈で、何でもない事だが、それを私は大層偉いように思っていた。まだファウストを読まぬ時、ファウストの話を聴《きか》される。なに、友は愚にも附《つか》ん事を言っているのだが、其愚にも附かん事を、人生だ、智慾だ、煩悶だ、肉だ、堕落だ、解脱《げだつ》だ、というような意味の有り気な言葉で勿体を附て話されると、何だか難有《ありがた》くなって来て、之を語る友は偉いと思った。こんな馬鹿気た話はない。友は唯私より少し早くファウストという古本《ふるほん》を読《よん》だ丈の事だ。読んで分った所で、ファウストが何程《どれほど》の物だ? 技巧の妙を除いたら、果してどれ程の価値がある? 況《いわん》や友はあやふやな語学の力で分らん処を飛ばし飛ばし読んだのだ。読んで幼稚な頭で面白いと感じた丈だ、それも聞怯《ききおじ》して、従頭《てんから》面白いに極《き》めて掛って、半分は雷同で面白いと感じた丈だ。読んで十分に味わい得た所で、どうせ人間の作った物だ、左程の物でもあるまいに、それを此様《こん》な読方をして、難有《ありがた》がって、偶《たまたま》之を読まぬ者を何程
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