、だ。先ず無意識或は有意識《ゆういしき》に性慾が動いて満足を求めるから、理性や趣味性が動いて其相手を定めて、始めて其処に恋が成立する。初から性慾の動かぬ場合に恋はない。異性でも親兄弟に恋をせぬのは其為だ。青年の時分には、性慾が猛烈に動くから、往々理性や趣味性の手を待たんで、自分と盲動して撞着《ぶつか》った者を直《すぐ》相手にする。私の雪江さんに於けるが、即ち殆ど其だ。私共の恋の本体はいつも性慾だ。性慾は高尚な物ではない、が、下劣な物とも思えん。中性だ、インヂフェレントの物だ。私共の恋の下劣に見えるのは、下劣な人格が反映するので、本体の性慾が下劣であるのではない。
で、私の性慾は雪江さんに恋せぬ前から動いていた。から、些《ちッ》とも不思議でも何でもないが、雪江さんという相手を失った後《のち》も、私の恋は依然として胸に残っていた。唯相手のない恋で、相手を失って彷徨《うろうろ》している恋で、其本体は矢張《やッぱ》り満足を求めて得ぬ性慾だ。露骨に言って了えば、誠に愛想《あいそ》の尽きた話だが、此猛烈な性慾の満足を求むるのは、其時分の私の生存の目的の――全部とはいわぬが、過半であった。
これ
前へ
次へ
全207ページ中134ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング