ァわないが、雪江さんは帰ると、直ぐ琴のお稽古に近所のお師匠さんの処へ行く。私は一度何かで学校が早く終った時、態々《わざわざ》廻道《まわりみち》をして其前を通って見た事がある。三味線《さみせん》のお師匠さんと違って、琴のお師匠さんの家《うち》は格子戸作りでも、履脱《くつぬぎ》に石もあって、何処か上品だ。入口に琴曲指南|山勢《やませ》門人何とかの何枝と優しい書風で書いた札が掛けてあった。窃《そッ》と格子戸の中《うち》を覗いて見ると、赤い鼻緒や海老茶の鼻緒のすがった奇麗な駒下駄が三四足行儀よく並んだ中に、一足|紫紺《しこん》の鼻緒の可愛らしいのが片隅に遠慮して小さく脱棄《ぬぎす》ててある。之を見違えてなるものか、雪江さんのだ。大方《おおかた》駒下駄の主《ぬし》も奥の座敷に取繕《とりつくろ》ってチンと澄しているに違ないと思うと、そのチンと澄している処が一目なりと見たくなったが、生憎《あいにく》障子が閉切《たてき》ってあるので、外からは見えない。唯琴の音《ね》がするばかりだ。稽古琴だから騒々しいばかりで趣《おもむき》は無いけれど、それでも琴は何処か床しい。雪江さんは近頃大分上手になったけれど、雪
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