モしたら、私は屹度《きっと》、失敬な、惚なんぞするものか、と真紅《まッか》になって怒《おこ》ったに違いない。が、実は惚れたとも思わぬ中《うち》に、いつか自分にも内々で、こッそり、次序《しだら》なく惚れて了っていたのだ。
惚れた証拠には、雪江さんが留守だと、何となく帰りが待たれる。家《うち》に居る時には心が藻脱《もぬ》けて雪江さんの身に添うてでも居るように、奥と玄関脇と離れていても、雪江さんが、今|何《ど》の座敷で何をしているかは大抵分る。
雪江さんは宵ッ張だから、朝は大層|眠《ねむ》たがる。阿母《かあ》さんに度々起されて、しどけない寝衣姿《ねまきすがた》で、脛《はぎ》の露わになるのも気にせず、眠そうな面《かお》をしてふらふらと部屋を出て来て、指の先で無理に眼を押開け、※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶち》の裏を赤く反して見せて、「斯うして居ないと、附着《くッつ》いて了ってよ」、といって皆を笑わせる。
雪江さんは一ツ橋のさる学校へ通っていたから、朝飯《あさはん》を済ませると、急いで支度をして出て行く。髪は常《いつ》も束髪だったが、履物《はきもの》は背《せい》が低いから
前へ
次へ
全207ページ中105ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング