れていたのだったかも知れぬ。
 兎に角祖母は此通り気難かし家であったが、その気難かし家の、死んだ後迄《あとまで》噂に残る程の祖母が、如何《どう》いうものだか、私に掛ると、から意久地がなかった。

          四

 何で祖母が私に掛ると、意久地が無くなるのだか、其は私には分らなかった。が、兎に角意久地の無くなるのは事実で、評判の気難かし家が、如何《どう》にでも私の思う様になって了う。
 まず何か欲しい物がある。それも無い物ねだりで、有る結構な干菓子は厭で、無い一文菓子が欲しいなどと言出して、母に強求《ねだ》るが、許されない。祖母に強求《ねだ》る、一寸《ちょっと》渋る、首玉《くびったま》へ噛《かじ》り付《つ》いて、ようようと二三度鼻声で甘垂《あまた》れる、と、もう祖母は海鼠《なまこ》の様になって、お由《よし》――母の名だ――彼様《あんな》に言うもんだから、買って来てお遣りよ、という。祖母の声掛りだから、母も不承々々|起《た》って、雨降《あめふり》でも私の口のお使に番傘|傾《かた》げて出懸けようとする。斯うなると、流石《さすが》の父も最う笑ってばかりは居られなくなって、小言をいう。
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