まごつ》く。そこで頬張ッていた楊枝をこれ幸いと、我にも解らぬ出鱈目《でたらめ》を句籠勝《くごもりがち》に言ッてまず一寸遁《いっすんのが》れ、匆々《そこそこ》に顔を洗ッて朝飯《あさはん》の膳《ぜん》に向ッたが、胸のみ塞がッて箸《はし》の歩みも止まりがち、三膳の飯を二膳で済まして、何時《いつ》もならグッと突出す膳もソッと片寄せるほどの心遣い、身体《からだ》まで俄《にわか》に小いさくなったように思われる。
文三が食事を済まして縁側を廻わり窃《ひそ》かに奥の間を覗《のぞ》いて見れば、お政ばかりでお勢の姿は見えぬ。お勢は近属《ちかごろ》早朝より駿河台辺《するがだいへん》へ英語の稽古《けいこ》に参るようになッたことゆえ、さては今日ももう出かけたのかと恐々《おそるおそる》座舗《ざしき》へ這入《はい》ッて来る。その文三の顔を見て今まで火鉢《ひばち》の琢磨《すりみがき》をしていたお政が、俄かに光沢布巾《つやぶきん》の手を止《とど》めて不思議そうな顔をしたもその筈《はず》、この時の文三の顔色《がんしょく》がツイ一通りの顔色でない。蒼《あお》ざめていて力なさそうで、悲しそうで恨めしそうで耻《はず》かしそう
前へ
次へ
全294ページ中69ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング