片頬《かたほ》に含んだお勢の微笑に釣《つ》られて、文三は部屋へ這入り込み坐に着きながら、
「そう言われちゃア一言もないが、しかし……」
「些とお遣いなさいまし」
トお勢は団扇《うちわ》を取出《とりいだ》して文三に勧め、
「しかしどうしましたと」
「エ、ナニサ影口がどうも五月蠅《うるさく》ッて」
「それはネ、どうせ些とは何とか言いますのサ。また何とか言ッたッて宜じゃア有りませんか、若《も》しお相互《たがい》に潔白なら。どうせ貴君、二千年来の習慣を破るんですものヲ、多少の艱苦《かんく》は免《のが》れッこは有りませんワ」
「トハ思ッているようなものの、まさか影口が耳に入ると厭《いや》なものサ」
「それはそうですヨネー。この間もネ貴君、鍋が生意気に可笑《おか》しな事を言ッて私にからかうのですよ。それからネ私が余《あんま》り五月蠅なッたから、到底解るまいとはおもいましたけれども試《こころみ》に男女交際論を説て見たのですヨ。そうしたらネ、アノなんですッて、私の言葉には漢語が雑《ま》ざるから全然《まるっきり》何を言ッたのだか解りませんて……真個《ほんと》に教育のないという者は仕様のないもんですネー
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