われる。四辺《あたり》に人眼が無い折などには、文三も数々《しばしば》話しかけてみようかとは思ったが、万一《ばんいち》に危む心から、暫く差控ていた――差控ているは寧《む》しろ愚に近いとは思いながら、尚お差控ていた。
編物を始めた四五日後の事で有った、或日の夕暮、何か用事が有って文三は奥座敷へ行《ゆ》こうとて、二階を降りてと見ると、お勢が此方《こちら》へ背を向けて縁端《えんばな》に佇立《たたず》んでいる。少しうなだれて何か一心に為《し》ていたところ、編物かと思われる。珍らしいうちゆえと思いながら、文三は何心なくお勢の背後《うしろ》を通り抜けようとすると、お勢が彼方《あちら》向いたままで、突然「まだかえ?」という。勿論|人違《ひとたがえ》と見える。が、この数週《すしゅう》の間|妄想《ぼうそう》でなければ言葉を交《まじ》えた事の無いお勢に今思い掛なくやさしく物を言いかけられたので、文三ははっと当惑して我にも無く立留る、お勢も返答の無いを不思議に思ってか、ふと此方《こちら》を振向く途端に、文三と顔を相視《みあわ》しておッと云って驚いた、しかし驚きは驚いても、狼狽《うろたえ》はせず、徒《ただ》莞
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