お勢の眼を覚ます者が必要なら、文三を措いて誰《たれ》がなろう?
と、こうお勢を見棄《みすて》たくないばかりでなく、見棄ては寧《むし》ろ義理に背《そむ》くと思えば、凝性《こりしょう》の文三ゆえ、もウ余事は思ッていられん、朝夕只この事ばかりに心を苦めて悶苦《もだえくるし》んでいるから、あたかも感覚が鈍くなったようで、お政が顔を皺《しか》めたとて、舌鼓を鳴らしたとて、その時ばかり少し居辛《いづら》くおもうのみで、久しくそれに拘《かかずら》ってはいられん。それでこう邪魔にされると知りつつ、園田の家を去る気にもなれず、いまに六畳の小座舗《こざしき》に気を詰らして始終壁に対《むか》ッて歎息《たんそく》のみしているので。
歎息のみしているので、何故なればお勢を救おうという志は有っても、その道を求めかねるから。「どうしたものだろう?」という問は日に幾度《いくたび》となく胸に浮ぶが、いつも浮ぶばかりで、答を得ずして消えてしまい、その跡に残るものは只不満足の三字。その不満足の苦を脱《のが》れようと気をあせるから、健康《すこやか》な智識は縮んで、出過た妄想《ぼうそう》が我から荒出《あれだ》し、抑えても抑
前へ
次へ
全294ページ中283ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング