まい、いとど無口が一層口を開《き》かなくなッて、呼んでも捗々《はかばか》しく返答をもしない。用事が無ければ下へも降りて来ず、只《ただ》一|間《ま》にのみ垂れ籠《こ》めている。余り静かなので、つい居ることを忘れて、お鍋が洋燈《ランプ》の油を注がずに置いても、それを吩咐《いいつ》けて注がせるでもなく、油が無ければ無いで、真闇《まっくら》な坐舗《ざしき》に悄然《しょんぼり》として、始終何事をか考えている。
 けれど、こう静まッているは表相《うわべ》のみで、乞の胸臆《きょうおく》の中《うち》へ立入ッてみれば、実に一方《ひとかた》ならぬ変動。あたかも心が顛動《てんどう》した如くに、昨日《きのう》好いと思ッた事も今日は悪く、今日悪いと思う事も昨日は好いとのみ思ッていた。情慾の曇が取れて心の鏡が明かになり、睡入《ねい》ッていた智慧《ちえ》は俄《にわか》に眼を覚まして決然として断案を下し出す。眼に見えぬ処《ところ》、幽妙の処で、文三は――全くとは云わず――稍々《やや》変生《うまれかわ》ッた。
 眼を改めてみれば、今まで為《し》て来た事は夢か将《は》た現《うつつ》か……と怪しまれる。
 お政の浮薄、今更
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