ん》染の、眼前《めさき》にちらちら……はッと心附く……我を忘れて、しッかり捉《とら》えたお勢の袂《たもと》を……
「何をなさるンです?」
と慳貪《けんどん》に云う。
「少しお噺し……お……」
「今用が有ります」
邪慳《じゃけん》に袂を振払ッて、ついと部屋を出《でて》しまッた。
その跡を眺《なが》めて文三は呆《あき》れた顔……「この期《ご》を外《はず》しては……」と心附いて起ち上りてはみたが、まさか跡を慕ッて往《い》かれもせず、萎《しお》れて二階へ狐鼠々々《こそこそ》と帰ッた。
「失敗《しま》ッた」と口へ出して後悔して後《おく》れ馳《ば》せに赤面。「今にお袋が帰ッて来る。『慈母さんこれこれの次第……』失敗《しま》ッた、失策《しくじ》ッた」
千悔、万悔、臍《ほぞ》を噬《か》んでいる胸元を貫くような午砲《ごほう》の響《ひびき》。それと同時に「御膳《ごぜん》で御座いますよ」。けれど、ほいきたと云ッて降りられもしない。二三度呼ばれて拠《よん》どころ無く、薄気味わるわる降りてみれば、お政はもウ帰ッていて、娘と取膳《とりぜん》で今食事最中。文三は黙礼をして膳に向ッた。「もウ咄したか、まだ咄さ
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