漸《ようや》く三時半すこし廻わッたばかり。今から帰るも何となく気が進まぬ。から、彼所《あれ》から牛込見附《うしごめみつけ》へ懸ッて、腹の屈托《くったく》を口へ出して、折々往来の人を驚かしながら、いつ来るともなく番町へ来て、例の教師の家を訪問《おとずれ》てみた。
 折善くもう学校から帰ッていたので、すぐ面会した。が、授業の模様、旧生徒の噂《うわさ》、留学、竜動《ロンドン》、「たいむす」、はッばァと、すぺんさあー[#「はッばァと、すぺんさあー」に傍線]――相変らぬ噺《はなし》で、おもしろくも何ともない。「私……事に寄ると……この頃に下宿するかも知れません」、唐突に宛《あて》もない事を云ッてみたが、先生少しも驚かず、何故《なにゆえ》かふむと鼻を鳴らして、只「羨《うらや》ましいな。もう一度そんな身になってみたい」とばかり。とんと方角が違う。面白くないから、また辞して教師の宅をも出てしまッた。
 出た時の勢《いきおい》に引替えて、すごすご帰宅したは八時ごろの事で有ッたろう。まず眼を配ッてお勢を探す。見えない、お勢が……棄てた者に用も何もないが、それでも、文三に云わせると、人情というものは妙なもの
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