はいないが、思切らぬ訳にもゆかぬから、そこで悶々《むしゃくしゃ》する。利害得喪、今はそのような事に頓着無い。只|己《おの》れに逆らッてみたい、己れの望まない事をして見たい。鴆毒《ちんどく》? 持ッて来い。甞《な》めてこの一生をむちゃくちゃにして見せよう!……
 そこで宿所を出た。同じ下宿するなら、遠方がよいというので、本郷辺へ往《い》ッて尋ねてみたが、どうも無かッた。から、彼地《あれ》から小石川へ下りて、其処此処《そこここ》と尋廻《たずねまわ》るうちに、ふと水道町《すいどうちょう》で一軒見当てた。宿料も廉《れん》、その割には坐舗《ざしき》も清潔、下宿をするなら、まず此所等《ここら》と定めなければならぬ……となると文三急に考え出した。「いずれ考えてから、またそのうちに……」言葉を濁してその家《うち》を出た。
「お勢と諍論《いいあ》ッて家を出た――叔父が聞いたら、さぞ心持を悪くするだろうなア……」と歩きながら徐々《そろそろ》畏縮《いじけ》だした。「と云ッて、どうもこのままには済まされん……思切ッて今の家に下宿しようか?……」
 今更心が動く、どうしてよいか訳がわからない。時計を見れば、まだ
前へ 次へ
全294ページ中224ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング