無いもので、心ならずも小半年ばかり燻《くすぶ》ッている。その間始終叔母にいぶされる辛らさ苦しさ、初《はじめ》は叔母も自分ながらけぶそうな貌《かお》をして、やわやわ吹付けていたからまず宜《よか》ッたが、次第にいぶし方に念が入ッて来て、果は生松葉《なままつば》に蕃椒《とうがらし》をくべるように成ッたから、そのけぶいことこの上なし。文三も暫らくは鼻をも潰《つぶ》していたれ、竟《つい》には余りのけぶさに堪え兼て噎返《むせかえ》る胸を押鎮《おししず》めかねた事も有ッたが、イヤイヤこれも自分が不甲斐《ふがい》ないからだと、思い返してジット辛抱。そういうところゆえ、その後或人の周旋で某省の准《じゅん》判任御用係となッた時は天へも昇る心地がされて、ホッと一息|吐《つ》きは吐いたが、始て出勤した時は異《おつ》な感じがした。まず取調物を受取って我坐になおり、さて落着て居廻りを視回《みまわ》すと、仔細《しさい》らしく頸《くび》を傾《かたぶ》けて書物《かきもの》をするもの、蚤取眼《のみとりまなこ》になって校合《きょうごう》をするもの、筆を啣《くわ》えて忙《いそがわ》し気に帳簿を繰るものと種々さまざま有る中に、
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