き》を出て、縁側でお鍋に戯《たわぶ》れて高笑をしたかと思う間も無く、忽《たちま》ち部屋の方で低声《ていせい》に詩吟をする声が聞えた。
 益々顔を皺めながら文三が続いて起上ろうとして、叔母に呼留められて又|坐直《すわりなお》して、不思議そうに恐々《おそるおそる》叔母の顔色を窺《うかが》ッて見てウンザリした。思做《おもいなし》かして叔母の顔は尖《とが》ッている。
 人を呼留めながら叔母は悠々《ゆうゆう》としたもので、まず煙草《たばこ》を環《わ》に吹くこと五六ぷく、お鍋の膳《ぜん》を引終るを見済ましてさて漸《ようや》くに、
「他の事でも有りませんがネ、昨日《きのう》私がマア傍《そば》で聞てれば――また余計なお世話だッて叱《しか》られるかも知れないけれども――本田さんがアアやッて信切に言ておくんなさるものを、お前さんはキッパリ断ッておしまいなすッたが、ソリャモウお前さんの事《こっ》たから、いずれ先に何とか確乎《たしか》な見当《みあて》が無くッてあんな事をお言いなさりゃアすまいネ」
「イヤ何にも見当《みあて》が有ッてのどうのと云う訳じゃ有りませんが、唯《ただ》……」
「ヘー、見当も有りもしないの
前へ 次へ
全294ページ中195ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング