へ往ッて金を借りて来ようと云うのだ。それじゃこれで別れよう、些《ち》と遊びに遣ッて来給え。失敬」
ト自己《おの》が云う事だけを饒舌《しゃべ》り立てて、人の挨拶《あいさつ》は耳にも懸けず急歩《あしばや》に通用門の方へと行く。その後姿を目送《みおく》りて文三が肚の裏《うち》で、
「彼奴《あいつ》まで我《おれ》の事を、意久地なしと云わんばかりに云やアがる」
第十回 負るが勝
知己を番町の家に訪えば主人《あるじ》は不在、留守居の者より翻訳物を受取ッて、文三が旧《も》と来た路《みち》を引返して俎橋《まないたばし》まで来た頃はモウ点火《ひとも》し頃で、町家では皆|店頭洋燈《みせランプ》を点《とも》している。「免職に成ッて懐淋《ふところざみ》しいから、今頃帰るに食事をもせずに来た」ト思われるも残念と、つまらぬ所に力瘤《ちからこぶ》を入れて、文三はトある牛店へ立寄ッた。
この牛店は開店してまだ間もないと見えて見掛けは至極よかッたが、裏《なか》へ這入《はい》ッて見ると大違い、尤《もっと》も客も相応にあッたが、給事の婢《おんな》が不慣れなので迷惑《まごつ》く程には手が廻わらず、帳場でも
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