の晩《くれ》には御地《おんち》へ参られるとは知りつつも、何とのう待遠にて、毎日ひにち指のみ折暮らし※[#「参らせ候」のくずし字、13−11]、どうぞどうぞ一日も早うお引取下されたく念じ※[#「参らせ候」のくずし字、13−12]、さる二十四日は父上の……
[#ここで字下げ終わり]
 と読みさして覚えずも手紙を取落し、腕を組んでホット溜息《ためいき》。

     第二回 風変りな恋の初峯入《はつみねいり》 上

 高い男と仮に名乗らせた男は、本名を内海文三《うつみぶんぞう》と言ッて静岡県の者で、父親は旧幕府に仕えて俸禄《ほうろく》を食《はん》だ者で有ッたが、幕府倒れて王政|古《いにしえ》に復《かえ》り時津風《ときつかぜ》に靡《なび》かぬ民草《たみぐさ》もない明治の御世《みよ》に成ッてからは、旧里静岡に蟄居《ちっきょ》して暫《しば》らくは偸食《とうしょく》の民となり、為《な》すこともなく昨日《きのう》と送り今日と暮らす内、坐して食《くら》えば山も空《むな》しの諺《ことわざ》に漏《も》れず、次第々々に貯蓄《たくわえ》の手薄になるところから足掻《あが》き出したが、さて木から落ちた猿猴《さる》の
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