ヘいろいろさまざま。
さてまた団子坂の景況は、例の招牌《かんばん》から釣込む植木屋は家々の招きの旗幟《はた》を翩翻《へんぽん》と金風《あきかぜ》に飄《ひるがえ》し、木戸々々で客を呼ぶ声はかれこれからみ合て乱合《みだれあっ》て、入我我入《にゅうががにゅう》でメッチャラコ、唯|逆上《のぼせあが》ッた木戸番の口だらけにした面《かお》が見える而已《のみ》で、何時《いつ》見ても変ッた事もなし。中へ這入《はい》ッて見てもやはりその通りで。
一体全体菊というものは、一本《ひともと》の淋《さび》しきにもあれ千本八千本《ちもとやちもと》の賑《にぎわ》しきにもあれ、自然のままに生茂《おいしげ》ッてこそ見所の有ろう者を、それをこの辺の菊のようにこう無残々々《むざむざ》と作られては、興も明日《あす》も覚めるてや。百草の花のとじめと律義《りちぎ》にも衆芳に後《おく》れて折角咲いた黄菊白菊を、何でも御座れに寄集めて小児騙欺《こどもだまし》の木偶《でく》の衣裳《べべ》、洗張りに糊《のり》が過ぎてか何処へ触ッてもゴソゴソとしてギゴチ無さそうな風姿《とりなり》も、小言いッて観る者は千人に一人か二人、十人が十人まず花
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