ニ云て取留めた相手は無いが腹が立つ。何か火急の要事が有るようでまた無いようで、無いようでまた有るようで、立てもいられず坐《すわっ》てもいられず、どうしてもこうしても落着かれない。
 落着かれぬままに文三がチト読書でもしたら紛れようかと、書函《ほんばこ》の書物を手当放題に取出して読みかけて見たが、いッかな争《いか》な紛れる事でない。小むずかしい面相《かおつき》をして書物と疾視競《にらめくら》したところはまず宜《よかっ》たが、開巻第一章の一行目を反覆読過して見ても、更にその意義を解《げ》し得ない。その癖|下坐舗《したざしき》でのお勢の笑声《わらいごえ》は意地悪くも善く聞えて、一回《ひとたび》聞けば則《すなわ》ち耳の洞《ほら》の主人《あるじ》と成ッて、暫《しば》らくは立去らぬ。舌鼓《したつづみ》を打ちながら文三が腹立しそうに書物を擲却《ほうりだ》して、腹立しそうに机に靠着《もたれかか》ッて、腹立しそうに頬杖《ほおづえ》を杖《つ》き、腹立しそうに何処ともなく凝視《みつ》めて……フトまた起直ッて、蘇生《よみがえ》ッたような顔色《かおつき》をして、
「モシ罷めになッたら……」
 ト取外《とりはず》
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