だ」
「実に母親《おふくろ》には面目《めんぼく》が御座んせん」
「当然《あたりまえ》サ、二十三にも成ッて母親さん一人さえ楽に養《すご》す事が出来ないんだものヲ。フフン面目が無くッてサ」
ト、ツンと済まして空嘯《そらうそぶ》き、烟草《たばこ》を環《わ》に吹《ふい》ている。そのお政の半面《よこがお》を文三は畏《こわ》らしい顔をして佶《きっ》と睨付《ねめつ》け、何事をか言わんとしたが……気を取直して莞爾《にっこり》微笑した積《つもり》でも顔へ顕《あら》われたところは苦笑い、震声《ふるいごえ》とも附かず笑声《わらいごえ》とも附かぬ声で、
「ヘヘヘヘ面目は御座んせんが、しかし……出……出来た事なら……仕様が有りません」
「何だとエ」
トいいながら徐《しず》かに此方《こなた》を振向いたお政の顔を見れば、何時しか額に芋※[#「虫+蜀」、第4水準2−87−92]《いもむし》ほどの青筋を張らせ、肝癪《かんしゃく》の眥《まなじり》を釣上げて唇《くちびる》をヒン曲げている。
「イエサ何とお言いだ。出来た事なら仕様が有りませんと……誰れが出来《でか》した事《こっ》たエ、誰れが御免になるように仕向けたんだエ、皆自分の頑固《かたいじ》から起ッた事《こっ》じゃアないか。それも傍《はた》で気を附けぬ事か、さんざッぱら人《しと》に世話を焼かして置て、今更御免になりながら面目ないとも思わないで、出来た事なら仕様が有ませんとは何の事《こっ》たエ。それはお前さんあんまりというもんだ、余《あんま》り人《しと》を踏付けにすると言う者《もん》だ。全躰マア人《しと》を何だと思ッてお出《い》でだ、そりゃアお前さんの事《こっ》たから鬼老婆《おにばばあ》とか糞老婆《くそばばあ》とか言ッて他人にしてお出でかも知れないが、私ア何処《どこ》までも叔母の積だヨ。ナアニこれが他人で見るがいい、お前さんが御免になッたッて成らなくッたッて此方《こっち》にゃア痛くも痒《かい》くも何とも無い事《こっ》たから、何で世話を焼くもんですか。けれども血は繋《つなが》らずとも縁あッて叔母となり甥《おい》となりして見れば、そうしたもんじゃア有りません。ましてお前さんは十四の春ポッと出の山出しの時から、長の年月《としつき》、この私が婦人《おんな》の手一ツで頭から足の爪頭《つまさき》までの事を世話アしたから、私はお前さんを御迷惑かは知らないが血を分
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