また坐り、坐らんとしてはまた起《た》つ。腰の蝶番《ちょうつがい》は満足でも、胸の蝶番が「言ッてしまおうか」「言難いナ」と離れ離れに成ッているから、急には起揚《たちあが》られぬ……俄に蹶然《むっく》と起揚ッて梯子段《はしごだん》の下口《おりぐち》まで参ッたが、不図立止まり、些《すこ》し躊躇《ためら》ッていて、「チョッ言ッてしまおう」と独言《ひとりごと》を言いながら、急足《あしばや》に二階を降りて奥坐舗《おくざしき》へ立入る。
奥坐舗の長手の火鉢《ひばち》の傍《かたわら》に年配四十|恰好《がっこう》の年増《としま》、些し痩肉《やせぎす》で色が浅黒いが、小股《こまた》の切上《きりあが》ッた、垢抜《あかぬ》けのした、何処ともでんぼう肌《はだ》の、萎《すが》れてもまだ見所のある花。櫛巻《くしま》きとかいうものに髪を取上げて、小弁慶《こべんけい》の糸織の袷衣《あわせ》と養老の浴衣《ゆかた》とを重ねた奴を素肌に着て、黒繻子《くろじゅす》と八段《はったん》の腹合わせの帯をヒッカケに結び、微酔機嫌《ほろえいきげん》の啣楊枝《くわえようじ》でいびつに坐ッていたのはお政で。文三の挨拶《あいさつ》するを見て、
「ハイ只今《ただいま》、大層遅かッたろうネ」
「全体|今日《こんち》は何方《どちら》へ」
「今日はネ、須賀町《すがちょう》から三筋町《みすじまち》へ廻わろうと思ッて家《うち》を出たんだアネ。そうするとネ、須賀町へ往ッたらツイ近所に、あれはエート芸人……なんとか言ッたッけ、芸人……」
「親睦《しんぼく》会」
「それそれその親睦会が有るから一所に往こうッてネお浜さんが勧めきるんサ。私は新富座《しんとみざ》か二丁目ならともかくも、そんな珍木会《ちんぼくかい》とか親睦会とかいう者《もん》なんざア七里々《しちりしちり》けぱいだけれども、お勢《せ》……ウーイプー……お勢が往《いき》たいというもんだから仕様事《しようこと》なしのお交際《つきやい》で往《いっ》て見たがネ、思ッたよりはサ。私はまた親睦会というから大方演じゅつ会のような種《たち》のもんかしらとおもったら、なアにやっぱり品《しん》の好い寄席《よせ》だネ。此度《こんだ》文さんも往ッて御覧な、木戸は五十銭だヨ」
「ハアそうですか、それでは孰《いず》れまた」
説話《はなし》が些し断絶《とぎ》れる。文三は肚《はら》の裏《うち》に「おなじ言うの
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