してないが、叔母だて……ハテナ叔母だて。叔母はああいう人だから、我《おれ》が免職になッたと聞たら急にお勢をくれるのが厭になッて、無理に彼娘《あれ》を他《た》へかたづけまいとも言われない。そうなったからと言ッて此方《こっち》は何も確《かた》い約束がして有るんでないから、否《いや》そうは成りませんとも言われない……嗚呼《ああ》つまらんつまらん、幾程《いくら》おもい直してもつまらん。全躰《ぜんたい》何故|我《おれ》を免職にしたんだろう、解らんナ、自惚《うぬぼれ》じゃアないが我《おれ》だッて何も役に立たないという方でもなし、また残された者だッて何も別段役に立つという方でもなし、して見ればやっぱり課長におべッからなかったからそれで免職にされたのかな……実に課長は失敬な奴だ、課長も課長だが残された奴等もまた卑屈極まる。僅《わず》かの月給の為めに腰を折ッて、奴隷《どれい》同様な真似をするなんぞッて実に卑屈極まる……しかし……待《まて》よ……しかし今まで免官に成ッて程なく復職した者がないでも無いから、ヒョッとして明日《あした》にも召喚状が……イヤ……来ない、召喚状なんぞが来て耐《たま》るものか、よし来たからと言ッて今度《こんだ》は此方《こっち》から辞してしまう、誰が何と言おうト関《かま》わない、断然辞してしまう。しかしそれも短気かナ、やっぱり召喚状が来たら復職するかナ……馬鹿|奴《め》、それだから我《おれ》は馬鹿だ、そんな架空な事を宛にして心配するとは何んだ馬鹿奴。それよりかまず差当りエート何んだッけ……そうそう免職の事を叔母に咄《はな》して……さぞ厭な顔をするこッたろうナ……しかし咄さずにも置かれないから思切ッて今夜にも叔母に咄して……ダガお勢のいる前では……チョッいる前でも関《かま》わん、叔母に咄して……ダガ若し彼娘《あれ》のいる前で口汚たなくでも言われたら……チョッ関わん、お勢に咄して、イヤ……お勢じゃない叔母に咄して……さぞ……厭な顔……厭な顔を咄して……口……口汚なく咄《はな》……して……アア頭が乱れた……」
ト、ブルブルと頭《かしら》を左右へ打振る。
轟然《ごうぜん》と駆て来た車の音が、家の前でパッタリ止まる。ガラガラと格子戸《こうしど》が開《あ》く、ガヤガヤと人声がする。ソリャコソと文三が、まず起直ッて突胸《とむね》をついた。両手を杖《つえ》に起《たた》んとしては
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