に掻口説《かきくど》く外、他に仕方もないが、しかし、今の如くに、こう齟齬《くいちが》ッていては言ったとて聴きもすまいし、また毛を吹いて疵《きず》を求めるようではと思えば、こうと思い定めぬうちに、まず気が畏縮《いじ》けて、どうもその気にもなれん。から、また思い詰めた心を解《ほご》して、更に他にさまざまの手段を思い浮べ、いろいろに考え散してみるが、一つとして行われそうなのも見当らず、回《めぐ》り回ッてまた旧《もと》の思案に戻って苦しみ悶《もだ》えるうちに、ふと又例の妄想《もうそう》が働きだして無益な事を思わせられる。時としては妙な気になッて、総てこの頃の事は皆一|時《じ》の戯《たわぶれ》で、お勢は心から文三に背《そむ》いたのでは無くて、只背いた風《ふり》をして文三を試ているので、その証拠には今にお勢が上って来て、例の華かな高笑で今までの葛藤《もだくだ》を笑い消してしまおうと思われる事が有る※[#白ゴマ点、214−8]が、固より永くは続かん※[#白ゴマ点、214−8]無慈悲な記憶が働きだしてこの頃あくたれた時のお勢の顔を憶い出させ、瞬息の間《ま》にその快い夢を破ってしまう。またこういう事も有る※[#白ゴマ点、214−10]ふと気が渝《かわ》って、今こう零落していながら、この様な薬袋《やくたい》も無い事に拘《かかずら》ッて徒《いたずら》に日を送るを極《きわめ》て愚《ぐ》のように思われ、もうお勢の事は思うまいと、少時《しばらく》思の道を絶ッてまじまじとしていてみるが、それではどうも大切な用事を仕懸けて罷《や》めたようで心が落居《おちい》ず、狼狽《うろたえ》てまたお勢の事に立戻って悶え苦しむ。
 人の心というものは同一の事を間断なく思ッていると、遂に考え草臥《くたびれ》て思弁力の弱るもので。文三もその通り、始終お勢の事を心配しているうちに、何時からともなく注意が散って一事《ひとこと》には集らぬようになり、おりおり互に何の関係をも持たぬ零々砕々《ちぎれちぎれ》の事を取締《とりしめ》もなく思う事も有った。曾《か》つて両手を頭《かしら》に敷き、仰向けに臥《ふ》しながら天井を凝視《みつ》めて初は例の如くお勢の事をかれこれと思っていたが、その中《うち》にふと天井の木目《もくめ》が眼に入って突然妙な事を思った※[#白ゴマ点、215−2]「こう見たところは水の流れた痕《あと》のようだな」、こ
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