が、昇は一向平気なもの、なかなかそんな甘手ではいかん。圧制家《デスポト》、利己論者《イゴイスト》と口では呪《のろ》いながら、お勢もついその不届者と親しんで、玩《もてあそ》ばれると知りつつ、玩ばれ、調戯《なぶ》られると知りつつ、調戯《なぶ》られている。けれど、そうはいうものの、戯《ふざ》けるも満更でも無いと見えて、偶々《たまたま》昇が、お勢の望む通り、真面目にしていれば、さてどうも物足りぬ様子で、此方《こちら》から、遠方から、危うがりながら、ちょッかいを出してみる。相手にならねば、甚《はなはだ》機嫌がわるい※[#白ゴマ点、200−17]から、余義なくその手を押さえそうにすれば、忽《たちま》ちきゃッきゃッと軽忽《きょうこつ》な声を発し、高く笑い、遠方へ迯《に》げ、例の睚《まぶち》の裏を返して、ベベベーという。総《すべ》てなぶられても厭《いや》だが、なぶられぬも厭、どうしましょう、といいたそうな様子。
母親は見ぬ風《ふり》をして見落しなく見ておくから、歯癢《はが》ゆくてたまらん。老功の者の眼から観れば、年若の者のする事は、総てしだらなく、手緩《てぬ》るくて更に埒《らち》が明かん。そこで耐《こら》え兼て、娘に向い、厳《おごそ》かに云い聞かせる、娘の時の心掛を。どのような事かと云えば、皆多年の実験から出た交際の規則で、男、取分けて若い男という者はこうこういう性質のもので有るから、若《も》し情談をいいかけられたら、こう、花を持たせられたら、こう、弄《なぶ》られたら、こう待遇《あしら》うものだ、など、いう事であるが、親の心子知らずで、こう利益《ため》を思ッて、云い聞かせるものを、それをお勢は、生意気な、まだ世の態《さま》も見知らぬ癖に、明治生れの婦人は芸娼妓《げいしょうぎ》で無いから、男子に接するにそんな手管《てくだ》はいらないとて、鼻の頭《さき》で待遇《あしら》ッていて、更に用いようともしない。手管では無い、これが娘の時の心掛というものだと云い聞かせても、その様な深遠な道理はまだ青いお勢には解らない。そんな事は女大学にだッて書いて無いと強情を張る。勝手にしなと肝癪《かんしゃく》を起こせば、勝手にしなくッてと口答《くちごたえ》をする。どうにも、こうにも、なッた奴じゃない!
けれど、母親が気を揉《も》むまでも無く、幾程《いくほど》もなくお勢は我から自然に様子を変えた。まずその初
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