引立られ、がやがや喚きながらも坐舗《ざしき》を連れ出されて、稍々《やや》部屋へ収まッたようす。
となッて、文三始めて人心地が付いた。
いずれ宛擦《あてこす》りぐらいは有ろうとは思ッていたが、こうまでとは思い掛けなかッた。晴天の霹靂《へきれき》、思いの外なのに度肝《どぎも》を抜かれて、腹を立てる遑《いとま》も無い。脳は乱れ、神経は荒れ、心神《しんじん》錯乱して是非の分別も付かない。只《ただ》さしあたッた面目なさに消えも入りたく思うばかり。叔母を観れば、薄気味わるくにやりとしている。このままにも置かれない、……から、余義なく叔母の方へ膝を押向け、おろおろしながら、
「実に……どうもす、す、済まんことをしました……まだお咄はいたしませんでしたが……一昨日|阿勢《おせい》さんに……」
と云いかねる。
「その事なら、ちらと聞きました」と叔母が受取ッてくれた。「それはああした我儘者ですから、定めしお気に障るような事もいいましたろうから……」
「いや、決してお勢さんが……」
「それゃアもう」と一越《いちおつ》調子高に云ッて、文三を云い消してしまい、また声を並に落して、「お叱んなさるも、あれの身の為めだから、いいけれども、只まだ婚嫁前《よめいりまえ》の事《こっ》てすから、あんな者《もん》でもね、余《あんま》り身体《からだ》に疵《きず》の……」
「いや、私は決して……そんな……」
「だからさ、お云いなすッたとは云わないけれども、これからも有る事《こっ》たから、おねがい申して置くンですよ。わるくお聞きなすッちゃアいけないよ」
ぴッたり釘《くぎ》を打たれて、ぐッとも云えず、文三は只|口惜《くちお》しそうに叔母の顔を視詰めるばかり。
「子を持ッてみなければ、分らない事《こっ》たけれども、女の子というものは嫁《かたづ》けるまでが心配なものさ。それゃア、人さまにゃアあんな者《もん》をどうなッてもよさそうに思われるだろうけれども、親馬鹿とは旨《うま》く云ッたもンで、あんな者《もん》でも子だと思えば、有りもしねえ悪名《あくみょう》つけられて、ひょッと縁遠くでもなると、厭《いや》なものさ。それに誰にしろ、踏付られれゃア、あンまり好い心持もしないものさ、ねえ、文さん」
もウ文三|堪《たま》りかねた。
「す、す、それじゃ何ですか……私が……私がお勢さんを踏付たと仰ッしゃるンですかッ?」
「可畏
前へ
次へ
全147ページ中121ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング