内へ進入《すすみい》ッて、左手の方の杪枯《うらが》れた桜の樹の植込みの間へ這入ッて、両手を背後に合わせながら、顔を皺《しか》めて其処此処《そこここ》と徘徊《うろつ》き出した。蓋《けだ》し、尋ねようと云う石田の宿所は後門《うらもん》を抜ければツイ其処では有るが、何分にも胸に燃す修羅苦羅《しゅらくら》の火の手が盛《さかん》なので、暫らく散歩して余熱《ほとぼり》を冷ます積りで。
「シカシ考えて見ればお勢も恨みだ」
ト文三が徘徊《うろつ》きながら愚痴を溢《こぼ》し出した。
「現在自分の……我《おれ》が、本田のような畜生に辱められるのを傍観していながら、悔しそうな顔もしなかッた……平気で人の顔を視ていた……」
「しかも立際に一所に成ッて高笑いをした」ト無慈悲な記臆が用捨なく言足《いいたし》をした。
「そうだ高笑いをした……シテ見れば弥々《いよいよ》心変りがしているかしらん……」
ト思いながら文三が力無さそうに、とある桜の樹の下《もと》に据え付けてあッたペンキ塗りの腰掛へ腰を掛ける、と云うよりは寧《むし》ろ尻餅《しりもち》を搗《つ》いた。暫らくの間は腕を拱《く》んで、顋《あご》を襟《えり》に埋《うず》めて、身動きをもせずに静《しずま》り返ッて黙想していたが、忽《たちま》ちフッと首を振揚げて、
「ヒョットしたらお勢に愛想《あいそ》を尽かさして……そして自家《じぶん》の方に靡《な》びかそうと思ッて……それで故意《わざ》と我《おれ》を……お勢のいる処で我を……そういえばアノ言様《いいざま》、アノ……お勢を視た眼付き……コ、コ、コリャこのままには措けん……」
ト云ッて文三は血相を変えて突起上《つったちあが》ッた。
がどうしたもので有ろう。
何かコウ非常な手段を用いて、非常な豪胆を示して、「文三は男児だ、虫も胆気もこの通り有る、今まで何と言われても笑ッて済ましていたのはな、全く恢量大度《かいりょうたいど》だからだぞ、無気力だからでは無いぞ」ト口で言わんでも行為《ぎょうい》で見付《みせつ》けて、昇の胆《たん》を褫《うば》ッて、叔母の睡《ねぶり》を覚まして、若し愛想を尽かしているならばお勢の信用をも買戻して、そして……そして……自分も実に胆気が有ると……確信して見たいが、どうしたもので有ろう。
思うさま言ッて言ッて言いまくッて、そして断然絶交する……イヤイヤ昇も仲々|口強馬《くち
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