待遇《とりあつか》ッて、剰《あまつさ》え叔母やお勢の居る前で嘲笑《ちょうしょう》した、侮辱した。
復職する者が有ると云う役所の評判も、課長の言葉に思当る事が有ると云うも、昇の云う事なら宛《あて》にはならぬ。仮令《よし》それ等は実説にもしろ、人の痛いのなら百年も我慢すると云う昇が、自家《じぶん》の利益を賭物《かけもの》にして他人の為めに周旋しようと云う、まずそれからが呑込めぬ。
仮りに一歩を譲ッて、全く朋友《ほうゆう》の信実心からあの様な事を言出したとしたところで、それならそれで言様《いいよう》が有る。それを昇は、官途を離れて零丁孤苦《れいていこく》、みすぼらしい身に成ッたと云ッて文三を見括《みくび》ッて、失敬にも無礼にも、復職が出来たらこの上が無かろうト云ッた。
それも宜しいが、課長は昇の為めに課長なら、文三の為めにもまた課長だ。それを昇は、あだかも自家《うぬ》一個《ひとり》の課長のように、課長々々とひけらかして、頼みもせぬに「一|臂《び》の力を仮してやろう、橋渡しをしてやろう」と云ッた。
疑いも無く昇は、課長の信用、三文不通の信用、主人が奴僕《ぬぼく》に措く如き信用を得ていると云ッて、それを鼻に掛けているに相違ない。それも己《うぬ》一個《ひとり》で鼻に掛けて、己《うぬ》一個《ひとり》でひけらかして、己《うぬ》と己《うぬ》が愚《ぐ》を披露《ひろう》している分の事なら空家で棒を振ッたばかり、当り触りが無ければ文三も黙ッてもいよう、立腹もすまいが、その三文信用を挟《さしはさ》んで人に臨んで、人を軽蔑して、人を嘲弄《ちょうろう》して、人を侮辱するに至ッては文三腹に据《す》えかねる。
面と向ッて図《ず》大柄《おおへい》に、「痩我慢なら大抵にしろ」と昇は云ッた。
痩我慢々々々、誰が痩我慢していると云ッた、また何を痩我慢していると云ッた。
俗務をおッつくねて、課長の顔色を承《う》けて、強《しい》て笑ッたり諛言《ゆげん》を呈したり、四《よつ》ン這《ばい》に這廻わッたり、乞食《こつじき》にも劣る真似をして漸《ようや》くの事で三十五円の慈恵金《じえきん》に有附いた……それが何処《どこ》が栄誉になる。頼まれても文三にはそんな卑屈な真似は出来ぬ。それを昇は、お政如き愚痴無知の婦人に持長《もちちょう》じられると云ッて、我程《おれほど》働き者はないと自惚《うぬぼれ》てしまい、し
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