と思うんだ。ところで我輩考えて見るに、君が免職になったので叔母さんは勿論お勢さんも……」
 ト云懸けてお勢を尻眼《しりめ》に懸けてニヤリと笑ッた。お勢はお勢で可笑《おか》しく下唇《したくちびる》を突出して、ムッと口を結んで、額《ひたえ》で昇を疾視付《にらみつ》けた。イヤ疾視付ける真似《まね》をした。
「お勢さんも非常に心配してお出《い》でなさるシ、かつ君だッてもナニモ遊《あす》んでいて食えると云う身分でも有るまいシするから、若《も》し復職が出来ればこの上も無いと云ッたようなもんだろう。ソコデ若し果してそうならば、宜《よろ》しく人の定《きま》らぬ内に課長に呑込《のみこ》ませて置く可《べ》しだ。がシカシ君の事《こっ》たから今更|直付《じかづ》けに往《い》き難《にく》いとでも思うなら、我輩一|臂《ぴ》の力を仮しても宜しい、橋渡《はしわたし》をしても宜しいが、どうだお思食《ぼしめし》は」
「それは御信切……難有《ありがた》いが……」
 ト言懸けて文三は黙してしまった。迷惑は匿《かく》しても匿し切れない、自《おのずか》ら顔色《がんしょく》に現われている。モジ付く文三の光景《ようす》を視て昇は早くもそれと悟ッたか、
「厭《いや》かネ、ナニ厭なものを無理に頼んで周旋しようと云うんじゃ無いから、そりゃどうとも君の随意サ、ダガシカシ……痩《やせ》我慢なら大抵にして置く方が宜かろうぜ」
 文三は血相を変えた……
「そんな事|仰《おっ》しゃるが無駄《むだ》だよ」
 トお政が横合から嘴《くちばし》を容《い》れた。
「内の文さんはグッと気位が立上ってお出でだから、そんな卑劣《しれつ》な事ア出来ないッサ」
「ハハアそうかネ、それは至極お立派な事《こっ》た。ヤこれは飛《とん》だ失敬を申し上げました、アハハハ」
 ト聞くと等しく文三は真青《まっさお》に成ッて、慄然《ぶるぶる》と震え出して、拳《こぶし》を握ッて歯を喰切《くいしば》ッて、昇の半面をグッと疾視付《にらみつ》けて、今にもむしゃぶり付きそうな顔色をした……が、ハッと心を取直して、
「エヘヘヘヘ」
 何となく席がしらけた。誰も口をきかない。勇がふかし甘薯《いも》を頬張《ほおば》ッて、右の頬を脹《ふく》らませながら、モッケな顔をして文三を凝視《みつ》めた。お勢もまた不思議そうに文三を凝視めた。
「お勢が顔を視ている……このままで阿容々々《おめお
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