ヘ、一人は今様おはつとか称《とな》える突兀《とっこつ》たる大丸髷、今一人は落雪《ぼっとり》とした妙齢の束髪頭、孰《いず》れも水際《みずぎわ》の立つ玉|揃《ぞろ》い、面相《かおつき》といい風姿《ふうつき》といい、どうも姉妹《きょうだい》らしく見える。昇はまず丸髷の婦人に一礼して次に束髪の令嬢に及ぶと、令嬢は狼狽《あわて》て卒方《そっぽう》を向いて礼を返えして、サット顔を※[#「赤+報のつくり」、87−7]《あから》めた。
 暫らく立在《たたずん》での談話《はなし》、間《あわい》が隔離《かけはな》れているに四辺《あたり》が騒がしいのでその言事は能《よ》く解らないが、なにしても昇は絶えず口角《くちもと》に微笑を含んで、折節に手真似をしながら何事をか喋々《ちょうちょう》と饒舌り立てていた。その内に、何か可笑しな事でも言ッたと見えて、紳士は俄然《がぜん》大口を開《あ》いて肩を揺ッてハッハッと笑い出し、丸髷の夫人も口頭《くちもと》に皺《しわ》を寄せて笑い出し、束髪の令嬢もまた莞爾《にっこり》笑いかけて、急に袖で口を掩《おお》い、額越《ひたえごし》に昇の貌を眺めて眼元で笑った。身に余る面目に昇は得々として満面に笑いを含ませ、紳士の笑い罷《や》むを待ッてまた何か饒舌り出した。お勢|母子《おやこ》の待ッている事は全く忘れているらしい。
 お勢は紳士にも貴婦人にも眼を注《と》めぬ代り、束髪の令嬢を穴の開く程|目守《みつ》めて一心不乱、傍目《わきめ》を触らなかった、呼吸《いき》をも吻《つ》かなかッた、母親が物を言懸けても返答もしなかった。
 その内に紳士の一行がドロドロと此方《こちら》を指して来る容子を見て、お政は茫然《ぼうぜん》としていたお勢の袖を匆《いそが》わしく曳揺《ひきうご》かして疾歩《あしばや》に外面《おもて》へ立出で、路傍《みちばた》に鵠在《たたずん》で待合わせていると、暫らくして昇も紳士の後《しりえ》に随って出て参り、木戸口の所でまた更に小腰を屈《かが》めて皆それぞれに分袂《わかれ》の挨拶《あいさつ》、叮嚀に慇懃《いんぎん》に喋々しく陳《の》べ立てて、さて別れて独り此方《こちら》へ両三歩来て、フト何か憶出したような面相をしてキョロキョロと四辺《あたり》を環視《みま》わした。
「本田さん、此処だよ」
 ト云うお政の声を聞付けて、昇は急足《あしばや》に傍《そば》へ歩寄《あゆみよ
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