ィのず》と可笑しいからそれで笑うようで。
 お政は菊細工には甚《はなは》だ冷淡なもので、唯「綺麗だことネー」ト云ッてツラリと見亘《みわた》すのみ。さして眼を注《と》める様子もないが、その代りお勢と同年配頃の娘に逢えば、叮嚀《ていねい》にその顔貌風姿《かおかたち》を研窮《けんきゅう》する。まず最初に容貌《かおだち》を視て、次に衣服《なり》を視て、帯を視て爪端《つまさき》を視て、行過ぎてからズーと後姿《うしろつき》を一|瞥《べつ》して、また帯を視て髪を視て、その跡でチョイとお勢を横目で視て、そして澄ましてしまう。妙な癖も有れば有るもので。
 昇等三人の者は最後に坂下の植木屋へ立寄ッて、次第々々に見物して、とある小舎《こや》の前に立止ッた。其処に飾付《かざりつけ》て在ッた木像《にんぎょう》の顔が文三の欠伸《あくび》をした面相《かおつき》に酷《よ》く肖《に》ているとか昇の云ッたのが可笑しいといって、お勢が嬌面《かお》に袖を加《あ》てて、勾欄《てすり》におッ被《かぶ》さッて笑い出したので、傍《かたわら》に鵠立《たたずん》でいた書生|体《てい》の男が、俄《にわか》に此方《こちら》を振向いて愕然《がくぜん》として眼鏡越しにお勢を凝視《みつ》めた。「みッともないよ」ト母親ですら小言を言ッた位で。
 漸くの事で笑いを留《とど》めて、お勢がまだ莞爾々々《にこにこ》と微笑のこびり付ている貌《かお》を擡《もた》げて傍《そば》を視ると、昇は居ない。「オヤ」ト云ッてキョロキョロと四辺《あたり》を環視《みま》わして、お勢は忽ち真面目《まじめ》な貌をした。
 と見れば後《あと》の小舎《こや》の前で、昇が磬折《けいせつ》という風に腰を屈《かが》めて、其処に鵠立《たたずん》でいた洋装紳士の背《せなか》に向ッて荐《しき》りに礼拝していた。されども紳士は一向心附かぬ容子《ようす》で、尚お彼方《あちら》を向いて鵠立《たたずん》でいたが、再三再四|虚辞儀《からじぎ》をさしてから、漸くにムシャクシャと頬鬚《ほおひげ》の生弘《はえひろが》ッた気むずかしい貌を此方《こちら》へ振向けて、昇の貌を眺め、莞然《にっこり》ともせず帽子も被ッたままで唯|鷹揚《おうよう》に点頭《てんとう》すると、昇は忽ち平身低頭、何事をか喃々《くどくど》と言いながら続けさまに二ツ三ツ礼拝した。
 紳士の随伴《つれ》と見える両人《ふたり》の婦人
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